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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1578号 判決

控訴人 被告 掛谷亀

訴訟代理人 穂積荘蔵

被控訴人 原告 三和信用金庫

訴訟代理人 柳瀬宏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人の主張

一、かりに控訴人が、被控訴人主張の連帯保証をなした事実があるとしても、被控訴人は昭和三四年一二月一四日と同月一六日の両日にわたり、主債務者である訴外大和棉花株式会社に対し本件七通の手形によつて二四八万円もの多額の融資をなしたのであるが、その際、被控訴人は、右訴外会社の経営が被控訴人主張の連帯保証の契約時の事情とは異なり全く破綻していたことを知りながら、敢えて右多額の融資をしたものである。かりに、被控訴人は、右融資の際訴外会社の破綻の事実を知らなかつたとしても、重大な過失により右の事実を知らずして右融資をしたものである。すなわち、

(1)  主債務者たる前記訴外会社がその取引銀行である大和銀行船場支店において預金残高不足により手形の支払いを拒絶せられた最初の日は昭和三四年一二月一八日である。

本件七通の手形による融資がなされたのはそれより僅か数日前の同月一四日と一六日であるから、右融資がなされた際は右訴外会社の経営内容が極度に悪化していたことは明らかであり、しかも、右の如き事情下で僅か数日中に本件七通もの多数手形の割引きをなすことは異例というべきである。

(2)  右割引きがなされた頃、訴外会社の経営者小田栄吉は金策のため岡山方面に行き、阪神地方には不在であり、同会社においてはいわゆる取立て騒ぎが起きていた。一般債権者は小田の行方を知らず、小田の家族は小田の行方をかくして一切口外しなかつた。

(3)  本件七通の手形割引融資はすべて被控訴金庫の当時の生野支店長西山晴雄の手によつて取り扱われており、同人の実父西山宗太郎は訴外会社の出入りの棉花ブローカーであつた。

本件手形割引がなされた当時、以上のような事情にあつて、しかも、訴外会社の実情を知らず、これにつき一片の顧慮をも払うことなく、その経営者小田の不在中に、店員の依頼に基づきたやすく融資したとすれば、被控訴人は訴外会社の破綻を知らなかつたことにつき重大な過失があつたといわねばならない。

二、一般に、債権者が悪意で債務者となれ合いの上保証人を害する目的で放恣な貸出しをなした場合、保証人が保証責任を免れることは勿論のことであるが、債権者が主債務者の資産状態が悪化していることを重大な過失により知らず、放恣な貸出しをした場合においても同様に解すべきである。民法第五〇四条は、法定代位者ある場合において債権者が故意または懈怠によつてその担保を喪失または減少したときは法定代位者はその喪失または減少によつて償還を受けることができなくなつた限度においてその責を免れる旨規定している。右法条の規定の趣旨に徴するときは、債権者が主債務者に融資をなすにあたり、その資産状態が悪化し、保証人の求償請求が不能もしくは甚だしく困難であることを債権者の懈怠により、すなわち、過失によつて知らなかつた場合は故意の場合と同様保証人に融資による責任を免れしめると解すべきである。これを反対に解し、債権者は主債務者の資産状態の悪化の事実を知らない限り、たとい知らないことにつき重大な過失があつても債権者のなした放恣な貸出しにつき保証人に保証責任を追及しうるとするならば不当に債権者を保護することとなる反面その注意義務を不当に軽減し、一方保証人の責任を不当に加重することとなり、信義衡平の原則に背致し、甚だしく不合理である。

被控訴代理人の主張

被控訴人が訴外会社から本件手形の裏書譲渡を受けた際、訴外会社の破綻の事実を知らなかつたことにつき重過失があつたとの控訴人の主張事実は否認する。重大な過失により法律効果を異にする場合は民法第九五条、但書をはじめ、民法は必ず明文をもつて規定している。控訴人の法律上の主張は法解釈の範囲を逸脱したものである。

証拠関係

証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において当裁判所の株式会社大和銀行船場支店に対する調査嘱託の結果を利益に援用したほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一、当裁判所は、原判決摘示理由一、ないし三と同一理由によつて、訴外大和棉花株式会社が同小田栄吉と共同で被控訴人あて、同人主張の請求原因一、(1) の約束手形(甲第一号証)を振り出した事実、訴外合資会社林田製綿所は同大和棉花株式会社あて被控訴人主張の請求原因一、(2) (イ)ないし(ニ)の四通(甲第二ないし五号証)の約束手形を振り出し、被控訴人は右大和棉花株式会社から拒絶証書作成義務免除のうえ、右約束手形四通の裏書譲渡を受けた事実、訴外大和棉花株式会社は被控訴人主張請求原因一、(3) (イ)および(ロ)の二通(甲第六、七号証)の為替手形を振り出し、支払人合資会社林田製綿所の引受を得、かつ拒絶証書作成義務免除のうえ、右為替手形二通を被控訴人に裏書譲渡をなした事実、被控訴人は以上の手形をいずれもその各支払期日に支払場所に呈示したが、その支払いを拒絶せられた事実ならびに、控訴人は被控訴人に対し昭和三一年一〇月二三日甲第八号証の約定書を差し入れて訴外大和棉花株式会社が現在および将来被控訴人に対して負担すべき手形上の債務その他の債務につき連帯保証をした事実を認め、控訴人が昭和三二年二月頃右連帯保証契約を解約したとの抗弁は失当であると認めるから、原審の右判決理由をここに引用する。

二、控訴人は、「かりに連帯保証をしたとしても、被控訴人は主たる債務者である訴外大和棉花株式会社が昭和三四年一二月一四日頃その経営が破綻していたことを知りながら、連帯保証人たる控訴人には何の連絡もなく、同月一四日と同月一六日の両日に、甲第一ないし七号証の手形により二四八万円もの巨額の融資をなした。このような融資については、被控訴人は控訴人に連帯保証人としての責任を追及することはできない」旨抗弁するので考察する。

思うに、継続的金融取引きによつて生ずる現在ならびに将来の債務について、その限度額および期限を定めずに連帯保証をした場合における連帯保証人の責任は、取引慣行や信義則に照らして衡平の観点からこれを判定すべく、殊に契約締結当時における当事者の諒解を重視し、これを基礎として考えなければならない。連帯保証人は、一般に保証当時における主債務者の資産信用関係と相互の信頼関係を眼中に置いて保証するのであり、与信をなす債権者は保証人の右意向を諒解しているものと認めるべきである。そこで、継続的金融取引きにつき相当期間を経過した中途において主債務者の資産信用状態が相互の信頼信用を破る程度に極度に悪化し、危殆に瀕した場合に臨んでさらになす融資について考えてみる。この場合与信をなす債権者が与信を義務づけられているのであれば格別、与信するかどうかの自由を有しているのにかかわらず、保証人にさらに多額の負担を蒙らせる結果となるべき融資をなすにはあらかじめ保証人の意向を打診する一応の措置をとるべき信義則上の義務があるというべく、これを怠り、敢えて主債務者に対してした巨額の融資については、保証人の責任を追及することができないと解するのが相当である。なんとなれば、このような場合保証人は保証契約についての解約告知権を取得すると解すべきではあるが、保証人に解約の告知権が発生しているのに右解約権の行使がないのは、必ずしもこれを知りながらその保証の責に任じようとの寛容と受忍によるとはかぎらないのであつて、むしろ右解約権発生の事実を知らないからと考えるのが相当であるところ、その行使のないのを奇貨として故意に保証人の了解を求めずして主債務者に巨額の融資をすることは保証人に不測の損害を蒙らせ保証人の義務を不当に著しく過重ならしめるものであつて、信義に反することが明らかであるからである。

本件についてみるに、原審での証人楠原守二の証言ならびに同証言によつて成立を認めうる乙第二号証、原審での証人竹中繁雄、同楯川清次、同楠原守二の各証言、原審での控訴本人の供述、原裁判所の社団法人大阪銀行協会大阪手形交換所に対する調査嘱託の結果、当裁判所の株式会社大和銀行船場支店に対する調査嘱託の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

被控訴人は控訴人が訴外大和棉花株式会社のため連帯保証をした昭和三一年一〇月から約三年余経過した昭和三四年一二月一四日と同月一六日に右訴外会社から甲第一ないし七号証の本件手形七通を受け取つて手形貸付けあるいは手形割引きの方法により合計約二四八万円の融資をしたのであるが、右融資をなした頃右訴外会社の経営内容は極度に悪化し、右会社設立の当初から同会社の経営一切を実際担当していた小田栄吉は金策のため岡山方面に赴き、一時姿をかくしていたため、多数の債権者が同会社に押しかけて商品を持ち去る等のことがあつて、その経営は全く行き詰りの状態にあり、同年一二月一八日には訴外会社の取引銀行である大和銀行船場支店において預金不足を理由に手形の支払いの拒絶をなし、同月二五日には大阪手形交換所から同交換所の加盟銀行に対し、右訴外会社につき手形取引警告報告が発せられ、次いで同月二八日取引停止処分が発せられたこと、したがつて、同月一四日頃においては訴外会社の資産状態は著しく悪化し危殆に瀕していた。

以上の事実が認められる。しかしながら、昭和三四年一二月一四日被控訴人が右訴外会社に対し融資をする直前、訴外会社が右の如く危殆に瀕していたことを知つていたという控訴人の主張事実については、これを確認するべき証拠はない。すなわち、原審での証人西山晴雄の証言によると、本件七通の手形による融資はすべて被控訴金庫の当時の生野支店長西山晴雄の手によつて取り扱われて居り、同人の実父西山宗太郎は棉花ブローカーであり訴外会社の代表者と昵懇であり、同会社の取引きに関与したことがある事実が認められるが、右事実をもつて直ちに右控訴人の主張を肯認する証左となすことができない。かえつて、右証人の証言によると、被控訴人が前記融資をする際、訴外会社は神戸大丸に対する債権が入る旨申していたので本件七通の手形はこれにて決済できるものと考えて右融資の申出でに応じたもので、前記の如く会社の経営内容が悪化していたことは知らず、これを知つたのは同月二一日頃であることが認められるのである。

そうすると、控訴人主張の前記抗弁は、被控訴人の故意の事実が認められないから、これを採用するに由なきものといわなければならない。

三、控訴人は更に、「かりに被控訴人が右融資の際訴外会社の破綻の事実を知らなかつたとしても、これを知らなかつたことについては重大なる過失がある。このような場合においては故意の場合と同様、保証人の責任を免れしめるべきものである」と主張する。

しかしながら、上述のごとく、債権者に故意の存する場合に保証責任の追及を許さないのは信義則と衡平の観念に照らしてのことである。債権者に過失があつたに止まるときは、それが重大な過失にあたる場合でも、故意とは異なり、保証責任の追及を許さないとする理はないと解するのが相当である。けだし、知らなかつたことが重大なる過失に因るとはいえ、知らなかつた善意の債権者に知つたと同様な措置行動を期待することは信義の上からは無理を強いるものというべく、他方保証人自身もこの場合解約告知権を有し、債権者の意に反してその責を免れうるものであるにかかわらず、その権利を行使していない事情からすれば、債権者側の重過失のみを責めるのは衡平の原則に背致するものと認めるべきであるからである。

控訴人は民法第五〇四条を右控訴人の主張の法的根拠として有利に援用する。同法条は、保証人その他法定代位者ある場合において、債権者が故意又は懈怠によつて担保を喪失又は減少したときには、代位をなすべきものはその喪失又は減少に因り償還を受けることができないようになつた限度においてその責を免れる旨規定している。右法条にいう懈怠とは過失を意味し、この場合過失を故意と同列に置いていることは所論のとおりである。しかし、これは次の理由にもとづくのである。一般に抵当権その他の物的担保権を有する債権者は弁済期に弁済を受けえられないからとて直ちに担保権を実行すべき責任はなく、それはもとより債権者の自由に委ねられているわけであり、その間自己の故意又は過失により担保の喪失又は減少があつたとしてもその不利益は自己に帰せしめられるにすぎないのであるけれども、法定代位者がある場合においては事情を異にする。法定代位者は弁済により求償権の行使につき当然債権者に代位する(民法第五〇〇条)から、担保権者が有する担保は、自己のための担保であると同時に法定代位者のための担保でもあるのである。それゆえ、債権者がその有する担保を喪失又は減少させることは、単に自己の不利益であるに止まらず、法定代位者の主たる債務者に対する求償権の担保を侵害する結果を来たすから、その不利益を法定代位者に及ぼすことにもなる。そこで、民法第五〇四条は、この場合に、債権者に対し、法定代位者のため、信義則上から担保の保存あるいは適当な権利行使の義務を課し、債権者がその義務に違背したときは、たとえ過失による場合であつても、信義則に違反することにおいて故意の場合と別異に取り扱うべき理由はないから、等しくその効果として、これによつて法定代位者に生じた不利益を自己において甘受すべきものとしたのである。したがつて、右法条の存在ならびに趣旨をもつて、単に債権者と保証人の関係があるだけで、なんら担保の保存義務違背などの存する余地のない本件のごとき場合を律せんとする考えは全くあたらないものといわなければならない。それゆえ、右法条をもつて控訴人の前記抗弁を肯認すべき法的根拠とすることはできない。

よつて、右抗弁は主張自体採用することができない。

四、結論

以上によれば、控訴人は訴外会社が被控訴人に対し本件七通の手形について負担する手形金債務につき連帯保証の責に任ずべきであるから、被控訴人に対し右手形金合計二、四八一、二八〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三五年四月一七日以降右支払いずみに至るまで商法所定の年六分の割合いによる遅延損害金を支払うべき義務がある。

したがつて、その支払いを求める被控訴人の本訴請求は理由ありとして認容すべく、結局これと同旨の原判決は相当である。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 平峯隆 判事 大江健次郎 判事 古崎慶長)

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